海兵隊は沖縄からでていけ

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怒りではらわたが煮えくり返る。心臓の動悸が早くなる。呼吸がおかしくなる。
このブログを書きはじめてから、最大の怒りと悲しみに震えている。
沖縄うるま市での20歳女性の強姦殺害の事件で打ちのめされています。

最初にシンザトという報道があった。もしかして沖縄人?ハーフ?と思った。しかし、顔写真は完全に黒人。アメリカ人だった。元海兵隊ということだ。沖縄女性と結婚して嘉手納基地で働いていた。現在は軍人というわけではないが、軍関係者だ。

ケネス・フランクリン・シンザト(旧姓ガドソン)ニューヨーク出身。

沖縄タイムスの社説。
「今、こうやってパソコンに向かっている間も、打つ手の震えを抑えることができない」
こんな出だしで始まる社説があるだろうか。記者が自分の受けた衝撃を隠すことができないでいる。

自分のフェイスブックでも基地問題に関わっている人達が激しく打ちのめされている。
怒りと悲しみが台風のように吹き荒れている。



沖縄のキャンプフォスターのフェンスの前で追悼が行われた動画を見た。みな黒や白の喪服を着ている。
蝶の模様を掲げている。魂を運ぶ「蝶(ハベル)」だ。
殺された女性の魂を、このハベルに託して天に送っていく。
こんな精神的な儀式をやらなければいけないほど強い悲しみなのだ。

被害女性の母親は遺棄された現場に彼女の魂をひろいに行った。魂(マブイ)は落とすことがある。それを拾う「マグイグミ」だ。また「犯人を殺してやりたい」と語った。当然の怒りだ。

芥川賞作家の目取真俊さんのブログ
「暴動が起こってもおかしくないほどの酷い事件だ。腐りアメリカーたっくるせー、という気持ちになるのは当たり前だ」

キャンプシュワブゲート前ではヒロジさんが「殺人鬼はだすな」とYナンバーの車両を止めている。
「アメリカを追い出して当たり前だろうが!」と叫ぶ。

三上智恵監督のマガ9コラムでは
「うりずんの 島の空 高く 黒い蝶が舞い 消えていった」という追悼の詩からはじまっている。
普通の文章ではどうにもならない。強い苦しみが詩を生み出している。

沖縄を愛し、苦しんでいる人を見過ごすことが出来ない人達。
矢面に立ち、がんばってきた人達は打ちのめされている。

もう基地撤去しかない。

軍が再発防止に勤めようが、またこういうことはいつか起こるからだ。
3月にも観光客がレイプされたばかりなのだ。
今、基地を容認することは、また犠牲者が出ることを容認することになるのだ。

自分も東京の集会で演奏する機会があった。もともと二胡で「芭蕉布」を弾こうと思っていたのだけど、この事件が起こって、なにをどうすればいいのかわからくなって苦しくなった。

救いは、この苦しみを分かち合う人達がいることだった。
そこから、悲しみや苦しみを分かち合い、人々の気持ちを紡いで布を織るというイメージがわいた。

芭蕉から紡いだ糸は人の手で結ばれ長い糸になる。それで織られた芭蕉布には沢山の結び目がある。今、私達は心の手を結んで大きな布を織る。悲しみの芭蕉布を空にはためかせる。それで島袋里奈さんを優しくつつんで、天の羽衣のように、ニライカナイへ送り出すのだ。

そんな想いで芭蕉布を演奏した。

それからアルタ前でも演奏した。通りには普通の通行人も沢山いる。沖縄では20歳の女性がレイプされて殺されたのに、通行人はなんの関心もないように通り過ぎていく。フェイスブックには代々木での沖縄イベントの写真があふれていた。自分と、自分の周りの落差にクラクラする。

もちろん、今日を楽しく過ごそうって人を責めるわけにはいかない。沖縄は素晴らしい海があって、たのしいところ。みんなどんどん沖縄に行って満喫してほしい。俺も自分のライブでは沖縄の事件の話だなどいっさい出さずに楽しく笑顔で演奏する。

しかし、苦しい。
ツイッターに自分の気持ちを吐き出したり、リツイートしたりが、凄い増えた。
おかげでフォロワーも一回り増えた。
ツイッターは知らない人に向かって本音が言える場所だった。

集会で合う人は、「ほんとに沖縄はひどいね。むちゃくちゃだね」と辛そうに話しかけてくれる。
ヤマトンチュなのに、ここまで沖縄の問題を自分のこととして共有してくれる彼らに感謝だ。ほんと救われる。

沖縄の辛さはわかるが基地撤去は違うのでは?米兵はいいやつも入れば殺人鬼もいる。一般人と同じ。
という論調がある。

腹が立つ。

はっきりいって他人事だからこういうことが言えるのだ。
外国の軍人に女性がレイプされ殺されて怒らないやつって、なんなの?少なくとも愛国者であるはずがない。
海兵隊たたきだせ!ってなるのが当たり前の反応だ。
自分の身近にこういう事件が起きて、米兵と一般人が同じだなんて許容できる人間はいない。
米兵にいい奴もいるってことは沖縄の人が何倍も知っている。
だからって許容できるわけがないのだ。

沖縄に住まないとわからない。米兵の恐怖感がないのだ。
横須賀で米兵みたときの第一印象は、なんか体が一回り小さい。性格良さそう。友達になれそう。だった。
コザの町で丸太のような腕にイレズミがびっしりでいかにも素行の悪そうな奴とすれ違う時のような恐怖はなかった。

もう沖縄は限界です。
辺野古はもちろん中止。海兵隊には出て行ってもらう。
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