東村高江に参加

東京からネットで高江の弾圧のことを見ているのが辛くてねえ、一泊二日で高江に行ってきたよ。初めて行くこともあって緊張しながらだったのだけども、高江の「N1裏」テントはさ、驚いたよ!まるで秘密基地みたいに凄いところだったよ。この世に存在する本物の秘密基地なんだよ。そこでヤンバルの森の生き物たちの声を聞きながら一泊、朝から現場最前線の抗議に参加して、機動隊と向き合って、人間の鎖に囲われて3時間拘束。終わった後はテントに戻って全国や沖縄中から応援に来た皆さまの前でランチタイムコンサートで三線を弾きました。山城さんも隣で聞いてもらった。山城さんはマッシーをマキシって聞き間違えたみたいで、牧志さんありがとうって(笑)。まあとにかくも凄い体験だった。まるで宮崎駿の映画の中にでもいるようだったよ。ここはそのまんま映画化できるはずよ。沖縄のこの大変な時代「安倍の世」に、多くの人たちと共に現場の最前線に立てた。自分一人は無力だけど、平和の「礎」の一つになって、それを次世代にバトンタッチする。ウチナーンチュとして嬉しいことでもあった。

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東京は朝の4時半。始発の電車に乗って羽田から那覇空港。着いたのが9時。予約してあったマールレンタカーで那覇から高速でいざ高江へ。高江には一直線で向かっても2時間はかかる。その間、一人だし、歌の練習にと、ナークニーとか、伊良部トーガニーなんかを三線のみのカラオケCD作ってきたので、それを聞きながら歌いながら向かいますー。

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天気は晴れて最高の沖縄だった。途中、名護の「許田の道の駅」でヨーグルトとドラゴンフルーツを食べ、東村の「サンライズ東」で名産のパインを食べる。ここのビーチも綺麗だねえ。太陽の向きが違うせいだろうか?海の色が違うかな?いつもの東側の海は馴染みのある西側とは少し違う感じだねえ。

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そしていよいよ着いたよ。初めての高江だよ。機動隊の車もすれ違うようになってきたんで緊張するやっさーー。高江共同売店でトイレに入って水とパンなどを買う。ここには生活に必要なものが大体売っている。食べ物、お菓子、飲み物、アイスクリーム、電池とか蚊取り線香とか。キャンプ場なんかの売店に近い感じだ。大好きな缶詰「メイフェーアのビーフ&ベジタブル」も売っていた。

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すぐ隣にはヒロコーヒーファームがあった。存在は昔から知っていたのだけど、こんなオシャレなお店だったとは驚きだ。マッシー人生最強のカフェといってもいいかもだ。ここでは北限のコーヒーを栽培してるのだ。メニューはコーヒーのみ。豆乳アイスラテをいただく。小さいお店で、もう一日中居たくなるような最高の空間でした。飼っているニワトリを見せてもらった。チャーンという変わった鳴き声の種類だ。鳴き声コンテストなんかもあるという。コーヒーは日差しや風から守られるように植えられていた。みぞれが降った年は全滅して大変だったそうだ。

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もう少し行くとムーランというお店。看板がしょっちゅう出ていた。ここでランチ。カレーを食べる。ここのあずまやが気持ちがいい素晴らしい空間だ。

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そして、いよいよ「N1表」のテントについた。おおーー車が片方にずらりと並んでいる。アルソックが交通整理をしている。「こわーー、このまま素通りしちゃおうかなーー」なんて思ったが。端に車を停めてテントへ歩く。途中ヤンバルの山が見渡せるところがあった。ヤンバルはそんなに来たことがないから、改めて、この森の素晴らしさを堪能。セミの鳴き声だろうか。ピッピッピッという、潜水艦のソナーみたいな鳴き声に山が包まれている。(これは後で調べたらオオシマゼミというやつだった。青くてきれいなセミだ 動画 )

テントには15人ほどが抗議をしていた。人数が少ないので、トラックの出入りの見張りという感じだった。中でいろいろ状況を聞き、「N1裏」の行き方を聞く。テントにはバナナが吊るしてあるではないか。さすが沖縄だ。栄養もあるし皮は自然に帰るから理想的だ。

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「N1裏」に行く道は難しかった。新川ダムの方から入っていくのだが、農道を通るので道が狭い。アスファルトだけど畑の葉っぱが車をこする。小さい標識を見落とさないように行けば一応大丈夫。高江売店の方からも行けるのだが、集落の生活道路も通るので、あまり利用しない方がいいだろう。

グーグルマップに場所貼っておきます。ていうかビューで見れるじゃないか。これで予習にたどっていけば現場で迷うことはないでしょう。まだテントが小さい頃のN1裏が見れます。
グーグルマップ N1裏

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そして、ついに着きました。「N1裏」テント。車の停めるところが心配だったけど、みなさん路肩に止めているので大丈夫だった。ブルーシートの中に入ると、でかい!なんだここは。数百人くらい入れるじゃないか。ブロックの上に板を敷いて大勢が座れるようになっている。仮設トイレが3台もあるし、キッチンも広い。100人分ぐらいのご飯が作れる感じだ。いろんな物資がたくさん。生活に必要なあらゆるものが揃っている。水、長靴、軍手、懐中電灯、冬瓜は3つも転がってる。座り込み用の携帯おやつなんかもある。もちろんバナナもぶら下がっている。でかいクーラーボックスもあるし。キャンプっていうレベルは完全に通り越している。まるで秘密基地だ。政府と戦う市民の一大拠点だ。支援の分厚さがハンパない。土木関係者なんかが、資材をワーと持ってきて、みんなで電動工具なんかをバリバリ使いながら、どんどん増築していった、という感じだ。

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言ってみれば、高江は全てを用意して、みんなが来るのを待っているんだ。高江までに来るのは飛行機代やガソリン代、宿泊費が大変だから、ここに来れば寝泊まりできる。ご飯も食べられる。そうやってみんなきてくれーーって頑張っているんだ。すごいとこだよ。

しばらくすると現場から主力チームが戻ってきた。テントは「お帰りなさい〜ご苦労様〜」というムードに。yasさん、目取真さんなどがいる。山城さんもそうだが、実際に会うと背が小さい。がっしりした体型とその生き様で凄く大きく見える。映画の登場人物に会ったかのような気持ちで見ていた。まさにかっこいいウチナーンチュだ。

お昼ご飯になった。自分は何もしてないけど余っていたので頂くことに。高江ランチプレート!凄く美味しそう〜〜

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夕方になって、皆さんそれぞれ帰って行った。泊まる人は4、5人な感じだ。発電機でテントも明るい。9時に消灯するという。外からテントを見ると山の中に青く光っている。少し斜面に沿って作られているので、まるで登り窯のようだった。ナウシカの王蟲に例えている人もいる。確かに高江は宮崎駿の世界のようだ。森を守るために政府の悪政と戦う人々。沖縄の反戦の歴史に残るヒーロー達。そんな世界が実在する。

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寝る前に4人ほどの前で二胡と三線を演奏して盛り上がった。そこにいたおばちゃんが何と、機動隊にトラロープで伐採現場から釣り上げられたという方でした。彼女は元気そうだった。強い人。

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空は星が綺麗だ。オリオン座がくっきりと見える。自分は車で寝るつもりだったが、やっぱり狭い車内は居心地が悪いので、テントで寝ることにした。ベンチの間に板を敷いてアルミマットをひいて寝床を作る。ヤンバルの生き物たちの声を聞きながら9時ごろ寝る。蚊取り線香はあるものの蚊もそんなにいないし、涼しいので気持ちが良かった。正直言って楽しい。明日はいよいよ抗議現場へ入る。

二日目

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5時に起きた。風呂に入れないので水とタオルで体を拭く。朝の集会。人が集まってくる。雰囲気が明るいよね。ヒロジさんの人柄のせいもあるけど。機動隊を挑発しないようにとか言ってました。やっぱりこれは非暴力行動なんだと改めて思う。

リーダーからくれぐれも一人での行動はとらないようにと注意される。誰かがいなくなるとか、怪我するとか、そんなことが起きないようにリーダーはとても気をくばっている。近所の人だろうか?犬を連れている方が。和むなあ〜。俺も次回はピータン連れてこようかなあ。

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15人ほどが3台の車に乗って現場まで行く。たまたまヒロジさんの隣に座った。サトウキビの農道を走っていく。なんだか部隊の一員にでもなったかのようだ。映画の中にいるようだ。

いよいよ現場だ。うわーーー機動隊ーーたくさんーー。緊張する。しかし参加者には普通のおばちゃんとかが普通に参加しているのだ。しかも機動隊にバンバン文句を言って、口撃がすごい。沖縄に来てまで何やってんだー。とか、沖縄の戦争の歴史を勉強しろとか。男性の抗議はせいぜい数分だが、女性陣の口撃は長いよー。俺が機動隊なら女性の前には立ちたくない(笑)。

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機動隊は若い。20歳ぐらいな感じだ。ひょっとしたら修学旅行で沖縄に来たかも。ガマに入ったり「ひめゆり」の話も聞いたかもしれない。それが沖縄に弾圧をしにやってきてるとしたら悲しいことだ。参加者の女性にはまさに平和学習に関わっている沖縄の女性もいた。やるせないだろうねえ。

ヤンバルの森をチェンソーでなぎ倒し、整地していく工事をしているのは北勝建設と本部造園というところだ。沖縄の人が、こんなにも「やめてくれ!」と言っている、工事をしている沖縄人ってなんだろう。生活のためとはいえ、沖縄をアメリカに売り渡す、まさに売国奴ってやつじゃないのか。そんな作業員を数百名もの機動隊が守り、交通整理をアルソックが行う。自衛隊がヘリで重機を運ぶ。アメリカの要求は全力で叶えるが、沖縄の要求は全力で聞かない。古い基地、使い勝手の悪いものを、返すと言っては新しい基地を作ってもらう。面積は減るが基地は強化される。

高江のヘリパッドは海から海兵隊が上陸して山をかき分けて進んでいって、ヘリパッドからオスプレイに乗り込むっていう訓練のためののようだ。そんなの広いアメリカ本国で勝手にやればいい。なんで狭い沖縄でわざわざやらないといけないのか。訓練なんだから、何が何でも沖縄でやらなければいけない理由なんてない。

排除されるときには抵抗せずに自分から立って歩けば何も怖いことはありませんでした。二人に付き添われて歩いていく感じ。屈辱的なことは特にない。動かなければ4人ぐらいに抱えられて持っていかれる。強く抵抗すれば押さえつけられる。人数が少なければどうしようもないけど、人数が多ければ排除は不可能になる。やはり数こそが勝負だ。人が集まれば工事は止められる。

結局3時間ぐらい機動隊の人間の鎖の輪の中に閉じ込められていた。途中雨とか降ってきたからカッパと濡れない靴は必需品だ。やっと解放されてテントに戻る。工事を遅らせることはできなかったが、今日の失敗は明日につながる。次はこうしようとか、いろいろな戦術を考え出していく。思えば辺野古の海のカヌーの戦いでも、新しい状況に対して、新しい戦術で戦っていたんだ。みんな工事を止めたい一心。無残に切り倒された山にショックを受けながらも、現場は明るい。

止めたいのに止められない無力感。自分はこう思うことにしている。自分は平和の礎だと。自分一人の力はなんということはない。まさに無力だ。それに何か効果的な方法があればすでに誰かがやっている。沖縄はあらゆる抵抗を何十年も続けてきている。自分の頑張りでなんとかできるものでもない。

しかし、島の野積みの石垣のように、一人一人の行動が山のように積みあがっていく。台風から家を守っている石垣のように。崩れてもまた積み上げられる。そうやって僕らは礎になる。それを次の世代が軽々と乗り越えていくんだ。沖縄の人々と全国から応援に来てくれる人々。彼らと共に平和の礎になるだけだ。

足元を見れば既にたくさんの礎の上に自分は立っている。戦争で死んだ人々や戦後の米軍統治の中でウチナーンチュの権利を求めて戦った人々。自分もそろそろ礎の中に入っていくときだ。子供の頃は実家で戦争映画を見たり、戦争のプラモデル作ったりして、親に嫌な思いをさせていたのだろう。その罪滅ぼしもできる。

テントに戻ってお弁当を食べた。昨日の自分のように、ここに初めて来た人が何人もいた。いろいろ写真を見せて、今日の感じを説明した。静岡と石川から来た医療関係の方だった。また、発電機を修理している男性と喋った。手の甲には漫画みたいなシーサーと琉球魂と彫ってあった。彼は新宿の沖縄料理「南風」の常連だったそうだ。明るい男だった。こうやってここに来るいろんな人と話をする。交流する。こんなことは、沖縄への弾圧が強いからこそできることだ。同じ思いを持った人々といろいろな想い共有する。これは幸せなことだ。人生の幸せは人とのふれあいだと思う。

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ランチタイムに演奏の機会を持てた。三線で「座りこめここへ」「沖縄を返せ」「今こそ立ち上がろう」をメドレーで歌う。この3曲はここで何度も歌われた、現場を象徴する歌だ。そして二胡で涙そうそうと芭蕉布、童神を弾いた。隣には山城さん。東京駒込の「ドゥタッチ」の太田さんを知ってるそうで、彼を思い出したそうだ。僕と太田さんは少し似ているからねえ。同じ宮古出身でもあるし。

自分の作った二胡と三線で聞く沖縄民謡のアルバムを5人ほどに差し上げた。ここに来るまでの道のりは長いから、道中CDで聞いてほしい。ただ癒しのアルバムなので眠くなったら申し訳ないが。

午後3時に高江を後にする。ここを離れるのは後ろ髪を引かれる。全く凄いとこだよ。N1裏テント。またすぐに来たい。帰りに機動隊とすれ違ったがもう怖いと思うことはなかった。

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慶佐次のマングローブと古宇利島のビーチを見てから那覇に戻った。風呂にだけ入れなかったので、那覇空港の高級ラウンジのシャワーを利用したかったが7時で終了していた。時間があれば国際通りの「リッカリッカ湯」にでも行きたかったのだけど。

東京にもどってくると、世間とのギャップに戸惑う。というか高江がリアルだったんだ。日米安保の歪みを押し付けられた沖縄。それが凝縮した高江。「平和の琉歌」の歌詞「アメリカの傘の下、夢も見ました」の頃から変わらず、東京は繁栄の夢を見てるわけか。

夢どころか妄想のデマをネットで拡散している奴もいる。日当が出るとかいう話。バカな話だ。なぜなら日当が出なくても行く人が大勢いるからだ。だから日当は払う必要はない。これは被災地のボランティアを想像してもらえばいい。例えば、お弁当や水、炊き出しなどのご飯、仮設トイレ、仮眠レベルの宿泊所などはあるのだろう。しかし現場まで行く、ガソリン代や旅費や日当など出るわけがない。逆に機動隊、アルソック、街宣右翼は日当がなければここには来ないよね。

またヤマトンチューが勝手に押しかけて騒いでいるというデマ。数十名っていうような人数が少ない時は半分は沖縄県外から来た方っていう割合になることもあるけど、大行動の日になると数百名の沖縄のおじさんおばさんが大勢駆けつける。自分は相手が沖縄出身かそうでないかは見れば大体わかるし、喋れば100%わかる。そして、国に対抗するには一つの村レベル、高江や辺野古だけでは、とても無理な話で沖縄中の支援がなければとても続かない。それが全国的な支援につながっている。
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