伝説のコザ暴動

昨日は「コザ騒動」の日だったそうですね。
1970の事件だから40周年さ〜。

最近はコザ「暴動」じゃなくてコザ「騒動」っていうみたい。
暴動と騒動の違いはよくわからんけど、
騒動っていうと成人式で暴れたぐらいな感じがするので
やっぱり暴動がいいなとも思うんだけどね
アメリカの圧政に沖縄の怒りが爆発した歴史的な日だからね

1970っていえば沖縄の日本復帰の2年前。
アメリカはベトナム戦争のさなかさーねー。
沖縄の嘉手納基地から飛び立った「黒い殺し屋」B−52爆撃機が
ベトナムにナイアガラの滝のように爆弾を降らせていた時代

その嘉手納基地の門前町が「コザ」さーねー。
戦地に行かされる兵隊はお金を持っていても仕方がない。
お金をバンバン使うのでコザの町は景気がよかった。
しかしその裏ではたくさんの犯罪や事故がおこるんだよねえ。
強盗、強姦、殺人、ドラッグ、売春、交通事故
そういう米兵がらみの事件は逮捕されても軽い罪にしかならなかったり
無罪だったり、賠償金もでなかったりと、
泣き寝入りしたウチナーンチュは数知れずよ。
その年にも酔った米兵の車で主婦がひき殺された事件が無罪になってしまったさあ。
そんなことがたっくさんあったので
住民の間には怒りがマグマのように鬱積していたわけよ

12月20日の未明、コザで米兵による交通事故が起きた。被害者は軽傷だったのだけど、現場に集まってきた住民は取り調べにきたMP(軍警察)が犯人を逃がすんじゃないかと思って騒然となってきたわけさー。「逃がさんけーよー」「また無罪にするのかー」数百人にふくれあがってきた群集からは野次がとんだ。そして飲んでいた勢いも手伝って怒りが収まらない群衆からは、空き缶が飛んだり、投石が始まり、MPカーを横転させはじめた。MP達は威嚇射撃をしたがそれは火に油をそそぐだけ。車道に出ていって、アメリカ人の車がくると止めさせて運転主を引きずり出し、車にガソリンで火をつけ始めた。軍属の車はナンバープレートが黄色いのですぐにわかるからね〜。車が焼かれるたびに拍手喝采、指笛にカチャーシーを踊る人もいたそうだ。5000人にもなった群衆は嘉手納基地にも押し寄せ、建物に放火し、機動隊500人アメリカ兵200人が出動し、ヘリからは催涙ガスがまかれた。朝の7時に暴動は自然消滅。車道には戦場さながらの黒こげになった車が82台もつらなっていた。しかし死傷者はおらず、略奪も起きず、白人から差別を受けている黒人には暴行しないなど、ある程度の秩序があったそうだ。

自分は当時は2才で宮古島だったから、現場の状況は本で読んだり、人づてに聞いたりでしかない。写真の中で見るコザ暴動は伝説のような存在だ。アメリカ相手によくやったなあと熱いものがこみあげてくる。沖縄の音楽はこれからも米軍基地があるかぎり、音楽の爆発を起こしていかないといけないんだと思う。もちろん暴力ではなく音の力で。言葉の力でね。

YOU TUBE 当時のニュース
http://www.youtube.com/watch?v=t7FYv4CUspY&feature=related

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12/25(土)ゆがふう(平井)イチャリバーズ(豊マ/シ玉)
東京都江戸川区平井3-25-7/03-5626-8228/1000円/20:00

12/26(日)沖縄そば・ゆんたく(川崎)
イチャリバーズ(豊マ/シ玉)、岡村聡士、猿笑(モンキースマイル)
川崎区新川通り10-3/044-200-8658/14:00〜17:00/1500円
   
12/31(金)こ だ ま(小岩)イチャリバーズ(豊マ/シ玉/と子)
東京都江戸川区南小岩7-27-16オランダビル2F/03-5668-2098/1000円/19:30

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